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AUTHOR : parelli
鎌倉の海を望む丘より
 バラを中心に綴ります。

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伝えたい! 「決して変わらないもの」 04/15(水)
神と交わりを持てる?

神が存在する事を信じている人が...クリスチャン? 違います。
神と個人的な交わりを持てている人...の事です!

神はすべてのものを細部にわたって設計されました。それらが合わさって
広大な宇宙が出来ています。
また他の被造物と違って、私たちをご自身のかたちに似せて造られました。
われわれに似せて・・とは、親しい人間関係を築くように、
神と人が絆を結べる事を意味します。

個人的な交わり?...言葉としては簡単ですが、
ほとんどの人は意味を理解する事が出来ないと思います。
何故理解出来ないのでしょうか?

AD27ー30年頃、イエスが30歳になってからですが、彼の死後、福音が伝えられるよう
弟子達を備えていました。その中のひとり、ペテロ。

ペテロは漁師。小心で私たちと同じ心の弱さを持ったひとりでしたが、
トンチンカンな人でもありました。

イエスと弟子たちが最後の晩餐に集まった時、イエスは弟子たちの足を
洗っていました。イエスはペテロの足を洗い、

(ヨセフ13章6-8節)それから、たらいに水を入れ、弟子たちの足を洗って、
腰にまとっておられる手ぬぐいで、ふき始められた。
「わたしがしている事は、今はわからないが、あとでわかるように
なります。」
「もしわたしが洗わなければ、あなたはわたしと何の関係もありません。」

するとペテロは言いました。
(ヨセフ13章9節)「主よ、私の足だけでなく、手も頭も洗って下さい。」

私は過去2回、足の小指にヒビが入り完全に治るまでそれぞれ4ヶ月かかりました。
その時、足をさわって診察した医師はひとり、それも少しだけ。
もう1回、別の医師は、まったく足に触れず、レントゲンを観るのみ。

他人の足をさわる、、という行為・・意外にも抵抗があるものです。
イエスは、ペテロの足を洗う事によって、
仕える者の謙遜を示し、そして清めの必要を教えました。
主の御前に真にへりくだらなければ、決して実現しない清めなのです。

ペテロのこんなトンチンカンは他にもあるのですが、
ペテロがイエスを「キリスト・神」と告白し、寝食を共にしながら尚、
真にイエスを理解出来なかったのは...「聖霊」を持っていなかったからなのです。

イエスの死後3日が経ち復活の後、イエスは40日間
弟子たちと多くの人たちに生きているご自身を現されました。
この時イエスはご自分の家族にも現れ、
後に福音書の後方に「手紙」として書かれた書「ヤコブ」と「ユダ」は、
イエスの死後彼ら(ヤコブとユダはイエスの弟4人のうちの二人)に現れる事によって
二人は、イエスが神である事に気づかされました。

そしてさらにペンテコスタ(収穫祭)の日まで10日間があり、
弟子たちはイエスの指示通りエルサレムで待ち続けました。

(使徒1章5節)「もうまもなくあなたがたは聖霊のバプテスマを
受けるからです。」
(8節)聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。

(使徒2章2-4節)すると突然、天から激しい風が吹いて来るような響きが
起こり、彼らのいた家全体に響き渡った。
また炎のような分かれた舌が現れて、ひとりひとりの上にとどまった。
すると、みなが聖霊に満たされ、御霊が話させて下さる通りに他国の言葉で
話しだした。

旧約の時代、聖霊はありませんでした。
新約の時代になって、イエスの死・復活の後50日が経って
弟子たちは聖霊によってイエスと共にいた時間の全てを悟ったのです。

エルサレムに大勢の人が集まり、この時からペテロは大胆に人々に
福音を伝え始めました。
それまでペテロを知っていた人たちの驚きようはどれほどのものだったでしょう。

聖霊が他の宗教と違う点です!
聖霊によって神を知り、交わる事が出来るのです。
ですから、キリスト教は宗教ではない、と断言します!

しかし、残念ながら聖霊を持たないたくさんのクリスチャンを見て来ました。
ある人がクリスチャンかどうか知りたいのなら、
「クリスチャンとはどういう人の事?」と尋ね、
「神と個人的な交わりを持てている人の事よ」と答えるなら、
その人はクリスチャンです。

毎週日曜日に教会に行ってる、洗礼を受けた・・・こんな事ではないのです。

イエスが神の子なら、おそらく時の皇帝シーザーの長子がふさわしいでしょう。
しかしイエスは産まれるにふさわしい場所もなく、
馬屋の飼い葉桶の中で産まれました。

マリアの胎を借りて...マリアは神の聖霊によって身ごもったのです。
人間と人間の間に産まれた者は、生まれながらにして罪人ですから
罪人が罪の購いは出来ないのです。
ヨセフとマリアの子であってはならないのです。
聖書のどこにもヨセフは決してイエスの父、とは書かれていません。
いつも「マリアの夫」です。
(しかし、驚くべきは、ヨセフもマリアもダビデ王の子孫です。)

ここでつまづいている人はいませんか?
(イエスはマリアの胎を借りて、聖霊によって身ごもった?)
神に出来ない事があったら、、困りますね、神でなくなってしまいます。
神は科学を乗り越えたその上にいるのですから。

こうしてイエスは、人(Person)としての性質を持っているので
私たちの、罪に犯されやすく、心の弱さにも同情出来る存在であり、
一方で神はご自分の御子を罪の為に、罪深い肉と同じような形で遣わし、
肉において罪を処罰されたのです。

なんと、理論的ではありませんか。

イエスがご自身の死をもって十字架上で私たちの罪の
代価をその血潮によって支払って下さった。

私たちはもう何もしなくてもいい・・
(ローマ書10章9節)もし、あなたの口でイエスを主と告白し、
あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと
信じるなら、あなたは救われるからです。

ここで、「主」(Lord)とは、あなたの全てを治めて下さるお方である、
という事です。
日本語の「支配」と理解すると、ここでは抵抗があると思います。

さらには、「自分は罪人である、」事を告白するなら、、完璧です!
口に出して告白する・行為、、心が砕かれ、腰を低くして
へりくだらないとなかなか難しいものです。

でも、罪人である事を告白せずとも・・・
イエスを信じる心には、悔い改めの心が存在すると確信します。

神は、簡単な言葉と一見愚かにも思える言葉を持って
私たちに救いを与えています。

(1コリント1章18-21節)十字架は、滅びに至る人々には愚かであっても
救いを受ける私たちには、神の力です。
「私は知恵のある者の知恵を滅ぼし、賢い者の賢さもむなしくする。」
事実、この世が自分の知恵によって神を知る事がないのは、神の知恵によるのです。
神はみこころによって、宣教のことばの愚かさを通して、信じる者を救おうと
定められたのです。

心から信じる者の上に瞬時に聖霊が与えられます。
聖霊に気づけなかったら、気づかさせて下さるように祈って下さい。

聖霊の助けによって神の愛を体験し、新しい希望に満ち溢れ、
父なる神が近くにいて守って下さる体験が出来ます。

主の慈しみは絶える事がなく、哀れみは尽きる事がありません。
自分の人生がどんなにめちゃくちゃだと感じる時でさえも、
神だけは最後まで信頼出来ると教えてくれます。

どんなに孤独を感じても、私たちはもうひとりではない、
主の臨在を感じられないときでも、主はそこにおられ、決して裏切ったり、
置き去りにしたりしない友です。

どんな嵐の中にいても、その状況を支配してくれます。
神は神です。
「神は大いなる事をなして測り知れず、その奇しいみわざは数えきれない」お方です。

神は私たちを永遠に神と親しい関係を保ち、共に生きる
比類なき特別な存在として創造されました。

私たちはこのお方に頼ればいい...
不安という重荷を引きずる事を、神は私たちに望まれない。
永遠の命という私たちへの贈り物が保管されています。
聖霊はその保証の刻印です。

イエスとは、「主は救われる」という意味。
「救い」とは、新しい命(永遠の命)を受け取る事です。
イエスは、「インマヌエル」ともいいますが、「神は私たちと共におられる」
の意味です。



Gos's voice thunders in marvelous ways.
he does great things beyond our understanding.
He says to the snow, 'Fall on the earth,'
and to the rain shower, 'Be a mighty downpour.' (ヨブ37章5-6節)



大切な方に
このメッセージが届く事を願ってやみません。





死海文書発見のドラマ その㈪ 12/12(月)
死海文書の古文書をいったい誰が発見したのでしょうか?

パレスティナの3人の羊飼いたちによってでした。

一番年上のハリル・ムサ                  
ジュマ・ムハマッド
そして最年少でまだ十代だったムハマッド・アフメド・エル・ハマド                 

通称ハリル/ジュマ/エッディーブ、
彼らは互いにいとこ同士で、遊牧民でした。

3人の羊飼いは、ワディ・クムラン付近で家畜を放牧していました。
ある日、ジュマは群れから離れた山羊を連れ戻そうと、
崖を上っていくと、岩の間にポカッと空いた小さな穴を
見つけました。

中は暗くて見えなかったのですが、石を投げると、
パカーンという土器の割れるような音がしました。

ジュマは、下にいる2人を呼びましたが、
既に時間は遅く、
急いで家畜を集めて安全な所に戻らなければなりません。
野獣に襲われる危険があります。

今でもこの死海周辺には、豹が生息しています。

dsscave4.jpg





死海文書発見のドラマ その㈰ 11/14(月)
死海文書(The Dead Sea Scrolls)

私は「しかいぶんしょ」と通常読んでいますが、「しかいもんじょ」とも読みます。
面白い発見ドラマ」があります。



死海北西部にある、ワディ・クムランの11の洞穴で
大小800種以上の古い文書が発見されました。

1度に発見されたのではなく、最初の洞穴(第一洞穴)での
発見があったのは、1947~1948年。

ワディとは「涸れ谷」を意味するアラビア語、
ワディ・クムランは「クムラン涸れ谷」という事になります。
死海周辺の年間降雨量は、50~100ミリ・・
ちなみに神奈川県の年間降水量1855ミリ(2010年)
文字通りの「涸れ谷」です。

この古い文書は、紀元前2、3世紀~紀元1世紀にかけて書かれた書で
聖書写本が全体の約四分の一を占めていました。

死海文書は、「エステル記」を除く旧約聖書の全ての書物の写本と
その断片を含みます。

私達が今、手にしている聖書の信憑性を確かなものとする
その古文書が、、

20世紀になって私達の前にその姿を現し、
2000年秋に東京で開催された「聖書展」に死海文書の六つが
展示されました。
私も自分の目でそれらを観て来ました。

どのようにして発見されたのか・・・
不思議に満ちた発見のドラマがあります。

IMG_3460.jpg


死海の北には、川があり、そのずっと北には、ガリラヤ湖があります。
死海とガリラヤ湖を流れている川は、ヨルダン川。

ヨルダン川の西にエルサレムがあり、
エルサレムを含む川の西側は、昔カナンと呼ばれていた地です。

神がアブラハムに約束された地です。








    ノアの箱舟と大洪水 12/12(日)
ノアの方舟2

なんて!可愛らしい箱舟でしょうね。
私が聖書を読んで想像した箱舟とはちょっと違いました。(笑)

箱舟の向こうの虹に気が付いたでしょうか。

この写真は、これから箱舟に乗るところではなく、
降りて来るところです。

洪水は去り、水はひき、箱舟の舟底は、山の頂きについていますね。
40日40夜の雨で、木はその葉を全部落としています。
勿論動物達は下へ降りて来ていますし・・
虹がかかっているのが何よりの証拠です!(下で説明)

ノアは、アダム・イブから数えて10代目に誕生しています。
(「神とイスラエル人」にて記載。)
アダム・イヴ→セツ→エノシュ→・・・→エノク→・・→ノア

この頃、人は堕落し、悪は増大し、地は暴虐で満ちていました。
神は、ご自分が人を造った事を悔やみ、心を痛めました。

しかし、ノアは、いつも主と共に歩み、主の心にかなっていました。
ノアとその妻、3人の息子とその妻たち
そして、すべての生き物、動物と鳥、それぞれ雄と雌2匹づつを箱舟に守りました。

ノアは、箱舟造りにまったくの素人でしたが、
神の命じた通りに造っていきました。

神の精密な指示によって、箱舟を造り続けていた時、
人々はノアをどれほど馬鹿にし、気が狂ったと思った事でしょう。

時が来て動物・鳥達も箱舟の中にいるノアのところに入って・・・
・・ここで、聖書に読み落としてはならない大切な記述があります!
(創世記7章16節)
箱舟の戸を最後に閉めたのは、、、
「神が外から閉められた・・」のです。



それから40日間大洪水になり、水かさは増してゆき、
天の下のどの高い山々もすべておおわれ、
箱舟を押し上げたので、
箱舟は、地から浮かび上がり水面を漂いました。

地の肉なるものは、鳥も家畜も獣も地に群生する全てのものも、
人も・・いのちの息を吹き込まれたものは、みな死に絶え、
ノアと彼と一緒に箱舟にいたものたちだけが残りました。

水は150日間(約5ヶ月も!)地に増え続けました。

神が箱舟の戸をしめられてから、150日間もの間
ノアに現れる事なく、語る事もありませんでした。いったい、、、
いつ水がひくものか、どうしたら良いものか・・・
しかし、、
ノアの信仰はゆるぐ事なく神を信頼し、待ち望んだのです。
ノアの信仰もアブラハムの信仰に負けていませんね。



やがて、水は次第に引き始め、
箱舟は、アララテ山の上に留まりました。
水がひいたかどうかを見る為に窓から烏を放ちましたが、
すぐに戻って来ました。

その後、鳩を放ちましたが、やはり戻って来てしまいました。

さらに7日後、鳩を放ちましたが、今度はむしり取ったばかりの
オリーブの若葉をくわえて戻り、
ノアは、水が地から引いた事を知りました。

さらに7日待ち、そして水は地上から乾き始めました。

地がすっかり乾ききって、神は仰せられました。

「あなたは、あなたの妻とあなたの息子たちと息子たちの妻と
一緒にいる全ての生き物を連れ出しなさい。そして地に群がり、
地の上で生み、増えるようにしなさい。」

ノアは、息子たちや彼の妻や、息子たちの妻、
一緒にいる生き物と外へ出ました。

そして、ノアは、主の為に祭壇を築き、すべての清い家畜と、
すべての清い鳥のうちから幾つかを選び、
祭壇の上で全焼のいけにえを捧げました。

神はそのなだめのかおりをかがれ、
心の中でこう仰せられました。

「わたしはあなた方と一緒に契約を立てる。
わたしは決して再びわたしがしたように、すべての生き物を
討ち滅ぼす事はすまい。」

「地の続く限り、種蒔きと刈り入れ、
寒さと暑さ、夏と冬、昼と夜とはやむことはない。」

神はノアと彼と一緒にいる息子たちに告げて仰せられました。

「虹が雲の中にある時、わたしはそれを見て、
神とすべての生き物、地上のすべての肉なるものとの間の
永遠の契約を思い出そう。」

その契約のしるしとして、、、雲の中に
虹をたてて神と地との間の契約とされました。

虹は、私たちに与えて下さった神様の約束のしるしなのです。

虹2



ノアの3人の息子はセム・ハム・ヤペテ、
この3人の息子から全世界へ人々が増えていきました。(神とイスラエル人で記載)

そして、ノアは、ぶどう畑を作り始めました。
この地上で最初のぶどう畑です。

noël 2010

IMG_2332.jpg

楽しいクリスマスシーズンをお過ごし下さい。







毎年変わるイースター(Easter Sunday)の日付 04/04(日)
Happy Easter Sunday!

今年、2010年のイースター(Easter Sunday)は、4月4日です。
イースターの日付は毎年変わります。

「春分の日の後の最初の満月の直後の日曜日」
紀元325年に開かれたニカイア公会議という
世界教会会議で定められました。


ユリウス暦とグレゴリオ暦:

ユリウス暦は、
ローマのユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)が制定、
紀元前45年に施行された太陽暦です。
1年を365日とし、4年に1度366日の
閏年を置きました。

大変優れた暦ですが、ユリウス暦は、
閏年の置き方が精密ではなかった為に、
16世紀後半になると、実際の春分の日が暦よりも10日も早くなり、
暦と実際の季節のずれが顕著になってきました。

イースターの日取りを決めるのが適切でなくなってきたのです。

これを正す為に、1582年にローマ教皇グレゴリウス13世が
制定したのがグレゴリオ暦です。

4年に1度の閏年は同じですが、
100で割り切れる西暦年は閏年とならず、
400で割り切れる西暦年は閏年となります。

この方法では、
1日の誤差が生じるのに3300年もかかるという正確さです。


このように、現在世界各国で使われているグレゴリオ暦は、
イースターなどの日取りを決める上で
正しく春分の日を設定するようにと定められたものだったのです。



イースターは、イエス・キリストの復活を祝う日です。

イエスは、死から3日目に甦って、先ず最初に
マグダラのマリアに現れました。
復活したイエスを最初に見た人は女性です。

この時代、女性が証人になる事はあり得ない事でした。

そして、身に恐れを感じ、鍵をかけた部屋の弟子達に現れ、
一緒に食事をしました。
イエスが立ち去った後、イエスが食べた物がなくなるのですから、
イエスがほんとうにいた事がわかります。

トマスは12弟子の一人でしたが、この時一緒にいませんでした。
トマスは、「私はその手に釘の跡を見、私の指を釘のところに差し入れ、
また私の手をその脇腹に差し入れてみなければ、
決して信じません。」と言いました。

今度は弟子達はトマスも一緒に
同じように鍵のかかった部屋にいました。

イエスが来て、トマスに言われました。
「あなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。手を伸ばして
わたしのわきに差し入れなさい。信じない者にならないで、
信じる者になりなさい。」

トマスはしっかりと信じる者となりました。


イエスは弟4人と姉妹(複数人)がおりましたので、
少なくても7人兄弟・姉妹の長子という事になります。
イエス・ヤコブ・ヨセフ・ユダ・シモンと姉妹達。

一緒に育った兄弟達でさえも、
イエスが救い主だという事がわかりませんでした。

新約聖書の「手紙」の部分に
「ヤコブ」と「ユダの手紙」の書があり、イエスの弟2人の書です。
イエスが死から甦って彼らに現れて後に、
イエスが救い主だという事がわかりました。

イエスは、40日の間、何度も弟子達や他の多くの人々に現れ、
また、数多くの確かな証拠をもってご自分が生きている事を
弟子たちに示されました。
そして、エルサレムで待つように言われたのです。

イエスは、彼らが見ている間に上げられ、雲に包まれ、
見えなくなられました。

それから10日後、ペンテコスタ(五旬節)の日、
エルサレムでみながひとつに集まっていました。

すると、突然天から激しい風が吹いて来るような響きが起こり、
彼らのいた家全体に響き渡りました。
そして炎のような分かれた舌が現れて、
ひとりひとりの上にとどまりました。
聖霊に満たされたのです。

このようにイエスが復活してから
50日後のペンテコスタの日に弟子達に聖霊が与えられ、
また、信じる者すべての人々に聖霊が与えられました。

イエスの死後の復活と聖霊によって
それまでイエスと共に歩んで来た日々の
イエスの弟子達への訓練・備えの意味が、はっきりと
わかったのです。

そして、特別な力を得て
使徒たちの伝道が始まったのです


イエスがこの世に生きた事は
歴史が証明しています。しかし、

もし、、イエスの復活がなかったのなら、、、
イエスを信じる者達の信仰はむなしく・・
愚かな人たちの救いのない信仰という事になるでしょう。


Have a blessed Easter!





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